カルチャー・イン・イノウエ

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忘れ去らるる日本文化

高度成長化時代のもたらしたもの

戦後の物資が不足した時代からは、時代とともに経済状況も回復し産業界も活性化してきた。 そこでは需要の拡大からマスプロ(大量生産)からマスセール(大量販売)という一つの図式が成り立つ時代に入ってくる。 質よりもまず量が中心になり、作れば売れる、売れるから作るといった状態が続いていた。 ところが、バブル全盛期には生産過剰に陥り、各業界はキャラクターを重視して他社との差別化を図った。 この事は街中に溢れかえるようなキャラクターグッズからも一目瞭然だった。 しかし実質的な需要、供給のバランスはすでにその時点で既に崩れており、 売れなくなった商品のはけ口を求めて流通過程の大改造が起こった。 結果、需要の奪い合いのように強食弱肉のすざましい競争になってきたのが最近の業界の流れである。 さらに追い討ちをかけるように、中国より安価な大量の商品が輸入される。 便利で低価格な品物が町中に溢れかえり日常生活で不自由さを感じることはほとんどなくなった。 しかしながら何か物足りない、古来大切にしていた何かが失われている感じがしてならない。 戦後のものの無い時代を生きぬいて来た者としては、 不便さこそ多少日常感じることはあったが、苦労してでも手に入れたものの喜びはひとしおであった。 結局、ものを手に入れる際の安直さのせいか、作り手の気持ちなどはもちろん、 一番大きいのは、量ばかりが優先されて大切な質の価値観を見落とされてしまっている事に、 これからの社会はもっと注目すべきではないだろうか。

パソコンによるコミュニティーの在り方

パソコンの開発・進化に伴って、社会は高度情報化時代を迎えた。 それに合わせて国の行政から学校まで、各業界の様々な機関において急速にその取り組みに追われた。 その成果もあり一般家庭の各個人までにもパソコンが普及しつつある今日では、 車社会と同じように世の中の仕組みが自体がパソコンを欠かせない、日常生活に密着したものに変わりつつある。 同時にパソコンが出来る人と出来ない人との差が広がり、世代観や価値観のギャップが大きな問題となってきている。 地域コミュニティーを確立し今後よりよく地域が発展してゆくためには、この問題を地域レベルで解決してゆく必要がある。 その際、コミュニケーショ能力と専門知識を有したアドバイザー的な役割を持つ人達が各地域に重要となってくる。 具体的に、世代観や性別、ハンデを越えてユニバーサルなサポートをできる人材を地域でバックアップしてゆく。 パソコンは食生活とは異なり衣食住には含まれない。よって必ずしもパソコンが必要とはならない生活もある。 しかしパソコンは豊かな知識を得る上でも今後は欠かせない。問題はその使い方にある。 若年者に対して近年義務教育にパソコンを取り込む姿勢がみられるが、パソコンの情操教育にしてはどこも余りに不十分な成果である。 各専門教室におけるシニア層に対しての軽視も同じく、サポートにおける不十分さが見られる。 これはパソコン自体が新しい存在であり、文化として根付ききれていない現状に原因がある。 そこで地域組織でこれらをバックアップしてサポートする、及びパソコン上の危険を察知し未然に防ぐ取り組む必要となる。 そして今後当店は事業として地域の人々のお役に立つよう活躍していきたい。パソコン教室を始めて約11年間の経験と実績を有し、 今後もパソコンを通して地域の人々とよきコミュニケーションを図るべく益々発展していきたく思う。

失われる文化と、残すべき文化

古い京都の街中にて創業以来110年近く商いを致していると、世の移り変わりと共に無くなって いくものもあれば新しく生まれてくるものもあり、存在の価値のあるものからそうでないものまで様々である。 例えばコンビニエンスストアなど、ここ十年に一体どれだけ増えたことだろう。 十年前にはパソコンなどは個人の手に入る代物では無かった。 言わば、レジスターや電卓も昔はそうだった。 タイプライター1台300,000円の時代もあった事を考えると、 時代の流れで価値も目まぐるしく変わってゆく懐かしい話だ。 しかし、同時に古くから大切にしてきたものがいつの間にか失われてしまう事も起こりうる。 戦後からバブルに掛けて「消費は美徳だ」とかいって古いものを捨てたり、壊したりして何でも新しいものに飛びつく時代が続いた。 最近こそ町の中の古い町屋の再生とか、古いものがレトロなグッズとかいって見直されてきてきたが、 それはこうした消費唯一主義に蔭りが生まれ 空白になった日本人らしさを再び探し出そうとする反動だと考えられる。 しかし失われた文化には戻ってこないものもある。 和紙やガリ版印刷に使われた雁皮紙など需要が無いだけで、今までどれだけの種類の和紙が消えたことか。 道具一つとってもありきたりのモノさえあればよいとする風潮は、結局は使う人の気持ちを失わせてしまう。 人の文化も”種の起源”と同じで豊かな文化の無い人間社会はいずれ破綻を生むことになる。 幸い我々は1200年にも及ぶ偉大な文化に守られて今日まで生き抜いてきた。 今後もその中に流れる文化というものの存在を認識して、残すべきものは大切に守り後世に残していく姿勢が大事だと思う。

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